一歩を超える勇気|故 栗城史多さんから学んだこと

ども、世界一周中のジゲン(jigen1987)です。

あまりにも衝撃的だったので、思わず書いてしまいました。

みなさんは登山家栗城史多さんを知っていますか?

山好きじゃない人は知らないかもしれませんね。

僕ら世代(30才前後)にとっては当時、世間を賑わせていた”時の人”でした。

著書「一歩を超える勇気」に心を動かされた方も多いと思います。

講演会にも何度か行ったことがありますし、栗城さんが執筆した本を何冊も読んだこともあります。

今回は故 栗城史多さんから学んだことを書きたいと思います。

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登山家:栗城史多エベレストにて死亡

エベレスト登山に挑戦中だった北海道今金町出身の登山家・栗城史多さんが5月21日朝、ベースキャンプで死亡しているのが確認されました。

栗城さんの事務所によりますと、21日朝、エベレスト登頂を断念して下山する途中、栗城さんが無線に反応しなくなり、第2キャンプの撮影隊が捜索したところ、低体温症で死亡している栗城さんを発見したということです。

(YouTubeより)登山家 栗城史多さん:「きょうは5月18日です。体調不良とかいろいろありましたけど21日の登頂を目指しています」

三宅真人記者:「父親が経営する眼鏡店にも、事務所から一報が。突然の知らせに、動揺が広がっています」

栗城さんの父 敏雄さん:「自分の好きなエベレストで消えた。ありがとうございます。皆さんに助けてもらって、”バカ野郎”とは言えない。よく今まで頑張ったと思う」

栗城さんは酸素ボンベなし・シェルパのサポートなしの、エベレスト単独登頂を目指していました。引用:Yahoo!ニュース

いきなりの報道で、今だに信じられません。

栗城史多さんとはどんな人物なのか?

名前:栗城史多(くりきのぶかず)

生年月日:1982年6月9日

出身地:北海道今金町

職業:登山家

最終学歴:札幌国際大学

所属事務所:よしもとクリエイティブ・エージェンシー(業務提携)

身長:162㎝

栗城さんの登山家としてのキャリアは2004年のマッキンリー(北米最高峰)から始まりました。

登山歴が2年しかないのにもかかわらず、周囲の反対を押し切り挑戦。見事に頂上まで登りきり、その翌年1月にはアコンカグア(南米最高峰)、その4ヶ月後にはヨーロッパ大陸最高峰のエルブルスにも登りました。

その後も順調にキリマンジャロ(アフリカ大陸最高峰)、カルステンツ(オセアニア最高峰)、南極最高峰も制覇しました。

登山を始めてわずか5年で世界6大大陸の登頂を成功させたことで、世界から注目される登山家となりました。

栗城さんの何がすごいのか

栗城さんのすごいところはその独特の登山スタイルです。

高度4000mを超えるような山を登る場合、通常2〜30人のサポートを必要としますが、栗城さんは”単独登頂”(一人で登ること)にこだわり続けてきました。

さらに栗城は「SHERE THE DREAM(夢を共有しよう)」を合言葉に毎回一人で機材を担ぎ、動画を配信していました。重い機材と撮影と登山のミックスって考えられますか?

おそらく通常の登山の2倍は体力を消費していたはずです。

栗城さんは世界最高峰のエベレストに7度挑戦しますが、すべて失敗に終わっています。

そして、今回の8回目の登山でも登頂することはできず、エベレストで永遠の眠りにつくことになります。

栗城さんからのメッセージ

「夢や目標を否定する人たちが多すぎます。学校や企業で講演していて感じるのは、みんな夢や目標があるのに、「お前の成績じゃ無理だよ」「そんなことできるわけない」と簡単に否定されるから、心の中に眠ったまま。僕自身も大学時代にはじめてマッキンリーに挑戦しようとしたとき、周りの人たちほぼ全員に否定されました。そのときからずっとその壁の大きさを感じてきたんです。

だから、冒険の共有を通じて、夢なんて叶わない、と思っていた人の心のスイッチを入れて、みんなが自分を否定しないで、一歩踏み出そうと思えたら、そして応援しあえる世界に向かうことができれば、と思っています。」引用:Interview

本当にこの通り。

夢なんて叶わないって思っている人を見返すのではなく、巻き込もうとするのが栗城さんらしいですよね。

教員時代も子ども達にずっと言い続けていたし、道徳の教材としてもよく使っていました。

すいません、話がそれるんですが…

最近では植松電気植松努さんも同じことを言っています。

このひとのTEDでの講演はかなりしびれました。

あまりにも素晴らしいので共有させてください。

植松さんも本質をついています。

この人のTEDを聞いて、教職に対する価値観が変わりました。(退職するキッカケの一つにもなりました)

僕は30才になって”一歩を超える勇気”を持つことができました。

2009年に発売された「一歩を超える勇気」は、大学4年生の僕にとってはめちゃくちゃ刺激的で、今でも栗城さんの言葉が頭をフワフワ漂っています。以下引用。

可能や不可能は自分が作っている。

長く生きるのではなくどう生きるのか。

自分の夢は人に語る。これだけで”0”が”1”になる。

僕は新卒で北海道のアウトドアの会社に就職しました。

その頃は海外の山を登りたい、海外でガイドをしてみたいという夢がありました。

しかし、ガイドという仕事は下積み時代があり、給料も一般のご職業の方に比べるとかなり低いんです。

「このまま。俺はどうなってしまうんだろう。」

まだ23才だった僕は将来のことが不安になり、夢を捨て教員(公務員)になりました。

※決して教職を軽視しているわけではありません。

しかし、その7年後教職を退職します。

30才になってまだまだ自分のやりたいこと、夢を追いたいなと強く思うようになりました。

もっと、自分の内なる声に耳を傾けようって。

今年の6月からはフィリピン留学からの世界一周を考えていて、高所登山(アフリカ大陸最高峰)にも挑戦する予定です。

僕は30才になって、ようやく一歩を超える勇気を持ったのかもしれません。

栗城史多さん、心よりご冥福をお祈り申し上げます。